18日はおばあちゃんの納骨式でした。
家に置いてあったお骨を、お墓におさめました。
神父さんたちと一緒にお祈りもして、おばあちゃんは
やっとお墓に入れました。
お骨がなくなった家は、なんだか今までよりも味気なくて、
なんだか物足りない気がします。
おじいちゃんとの同居生活もはじまりました。
おばあちゃんが亡くなったというのに、悲しみは私よりもあさいような気がして、
おばあちゃんに自分から手を合わせない おじいちゃんに
いらだつ私がいます。
行き先も告げずに出て行く おじいちゃん。
おばあちゃんが生前よく、
「どっか行くならひと言言って行けば心配しないのに」と
言っていた言葉が胸にしみます。
自分の好きな話題の時しか 話さないおじいちゃん。
おばあちゃんがよく「一緒に居ても、しゃべらないからつまらないから、
さゆりが来てくれて楽しい」と
言っていた言葉が胸にしみます。
大腿骨の骨折で入院した おばあちゃん。
毎日の日記に書いていた
「おじいちゃん 5分で帰る。なさけない」っていう言葉が
胸にささります。
自分の夫にあまり心配されない気持ちがどんなに
つらかっただろうと悲しくなります。
おばあちゃんはおじいちゃんが好きでした。
おじいちゃんもおばあちゃんが好きだったと思います。
休みの日には一緒によく、温泉に行き、バレーや踊りにも行ってたから。
でも、なんだか思いやる気持ちがかけていたように思います。
おばあちゃんの具合が悪くなってから、
いろいろと親戚の人間関係を考える機会が増えました。
新しく知ることもたくさんありました。
腹がたつこともありました。
悲しくなることもありました。
なんでおじいちゃんの長男とかもいるのに
私がおじいちゃんの世話をしないといけないのか?っていう
気持ちは正直あります。
私は結局いいように利用されているだけなのかもとも思います。
でも、私が一緒に住まないとなると、
お母さんにも迷惑がかかったり、気持ちの負担を増やすことになるかもと
考えます。
長男は「面倒を見る気はない」といっているので、
私が一緒に暮らさなかったら、お母さんが苦労することになるのは目に見えています。
何も知らなかった、おばあちゃんが生きていたあの頃に
帰りたいです。
昨日も、ごはんつくっててむなしくなって
1人でおばあちゃんのお墓参りにいきました。
ご飯テーブルに用意してから、家でてきたから もう月がでてて暗くて。
お墓なんて お化けでそうで嫌だけど、おばあちゃんのお墓のとこに
ぼーって座ってる時間はなんだか安心できて不思議でした。
家にいるときよりも、おばあちゃんがそばに居る気がして、
安心したら泣けてきて 馬鹿みたいにお墓の中をウロウロしてしまって。
まわりからみたら変質者みたいな自分がいました。
「おばあちゃん なんで死んだんだろう」
「これから いつまでこの生活をするんだろう」
「実習にいくときもここから?」
「親戚ってなんだろう」
いろいろな気持ちがでてきて なかなか家に帰れませんでした。
家に帰ると、ご飯食べ終わった おじいちゃんがいて・・・
お墓まいりしてきたというと、急に慌てだして
ロザリオとりだして おばあちゃんに手を合わせだして。
この人は、まわりがなにかしないと 妻に手も合わせないんだ
って冷ややかな目で見てしまいました。
こんな考えもつこと自体 いけないと思っているのに、
おばあちゃん生きている時 寂しかっただろうな
とか、いろいろ考えたら 我慢できなくて背中むけたまま
おじいちゃんと会話してしまいました。
大人気ないね 私。
おじいちゃん自体は嫌いではないから、同居はしばらく続けるつもりです。
いつまでの同居かはしらないけど。
私はおばあちゃんが好きでした。
今も大好きです。
でも私は自分で思っていた以上に おばあちゃんっ子だったようです。
まわりの人は、いつまでおばあちゃんおばあちゃんって言ってるんだ
って思うかもしれません。
でも、まだ立ち直れなくてね。
おばあちゃんの妹さんも 毎日泣いているみたいです。
おばあちゃんをずっと忘れたくないから、
遺骨ペンダント買うことにしました。
おばあちゃんの子どもと妹さんと孫の私で持ちます。
おばあちゃんはマリアだったから、十字架の中に遺骨を入れられる
タイプにして、ザビエル教会で買った マリア像をつけることにしました。
これでいつも一緒にいられます。
ハムスターにも餌あげたし、また おばあちゃんちに帰りたいと思います。
しばらくの目標は、おじいちゃんに優しくできる私になることです。
夕ご飯の献立何にしよう?って考える時、
「おばあちゃんに電話してきこう」って頭をよぎる瞬間はまだ辛い時間です。
いつか この時間をなつかしく思える日がくるといいな。